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横浜地方裁判所 昭和39年(行ウ)21号 判決 1966年4月06日

原告 南達治

被告 横浜検察審査会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

(1)  被告が昭和三九年一〇月二七日付をもつてなした「横浜地方検察庁検察官長山道雄が昭和三九年二月二一日付を以て原告の告訴にかかる亀野隆を犯罪の嫌疑なしと裁定した不起訴処分は相当である」旨の議決はこれを取消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

(1)  本件訴を却下する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求の原因

(一)  原告は、昭和二五年四月二六日午前三時頃、石川県七尾市字府中二部三三番地原告自宅において、原告の妻美津に対し、殺意をもつて薪割斧でその後頭部を殴打し頭蓋骨に致命的傷害を加えたうえ、右居宅一棟に放火し、これを全焼せしめると共に同女を焼殺し、該死体を同所に遺棄した嫌疑で、金沢地方裁判所七尾支部に公訴を提起され、同裁判所は昭和二六年一〇月二二日原告を有罪と認定し、死刑に処する旨の判決を言渡した。そこで原告は右判決を不服とし、控訴の申立をしたところ、名古屋高等裁判所金沢支部は昭和二八年五月二八日これまた原告を有罪と認定したうえ、第一審判決を破棄し、原告を無期懲役に処する旨判決を言渡した。原告は、更に、右判決を不服とし、上告を申立てたが、最高裁判所は昭和三三年四月一七日右上告を棄却したので、ここに右無期懲役の判決は確定し、原告は、目下殺人、現住建造物放火、死体遺棄事件(以下本件事件という)の既決囚として、岐阜刑務所で服役中である。

(二)(1)  しかしながら、原告は本件事件を犯したことはなく、第一、二審裁判所は原告に無罪を言渡さなくてはならなかつたのに、信ずべからざる証拠を採用し、前示のごとき判決を言渡したのである。例えば、第一、二審判決が重要な証拠として挙示する東北大学村上次男教授の行なつた頭部傷痕鑑定は被害者美津が真実受けた傷痕部位につき鑑定したものではなく、金沢医大の井上教授が被害者の脳を取出すに当り、割面した部位を傷痕部位と誤つてこれについてのみ鑑定したものであるにすぎないし、また、右村上教授の行なつた外皮血痕鑑定は、誤つた先入観にもとづいて妄断されたもので全く信ずることができないものである。その余の証拠も、何れも、あるいは捏造、あるいは偽証、または強制、拷問にもとづくものである。要するに原告は本件事件の犯人としてデツチあげられたもので、真犯人は他にいる。それは本籍石川県鹿島郡鳥屋町字二十九日、現住所横浜市港北区北八朔一六八三番地菅沼方トラツク運転手亀野隆であつて、そのほか通称隆雄と幸男という共犯者二名の存在まで判明している。

(2)  そこで原告は、昭和三五年四月一九日右亀野外二名を本件事件の真犯人として、金沢地方検察庁七尾支部検察官に告訴したところ、その後右亀野が横浜市に移住したので、右告訴事件は、横浜地方検察庁に移送され、以後同庁検察官がこれを捜査したのであるが、昭和三九年二月二一日同庁検察官長山道雄は亀野外二名を「犯罪の嫌疑なし」として不起訴処分にした。

(三)  右処分通知をうけた原告は、昭和三九年四月二一日付文書を以て、被告に対し、右不起訴処分につき審査の申立をしたところ、被告は昭和三九年一〇月二七日付をもつて「本件について検察官がなした不起訴処分は相当である」旨議決し、その頃原告は右議決書の送達をうけたが、その理由とするところは「検察官がなした犯罪の嫌疑なしとの裁定を覆えすに足る証拠が発見できない」というにある。

(四)  しかしながら、被告の右議決は、前記検察官がなした不起訴処分の当否を判断するにつき、検察審査会として、その職責上要求される調査取調を怠り、その結果導出された違法不当の結論であるから取消さるべきものである。

右違法事由の詳細は次のとおりである。

(1)  原告は既に述べたように、本件事件を犯してもいないのに、有罪の認定を受け、無期懲役に処せられており、他方原告が真犯人として告訴した前記亀野はしばしば原告方に放火したことを告白している。かような事案の経緯を鑑みるとき、被告としてはその費用と労力をいとわず、全力を結集してその職務を遂行し、検察官のなした不起訴処分の当、不当を審査しなくてはならない。

(イ) しかるに、被告は、昭和三九年八月一七日本件審査のため審査申立人である原告を尋問したのであるが、右尋問は一一名よりなる検察審査員のうち、僅か三名を岐阜刑務所に派遣しただけで行なつており、しかもこれが尋問に費した時間は極めて短時間にすぎず、且原告の陳述を中途でさえぎつて尋問を終了してしまつたうえ、さらに原告が本件事件につき記述した文書を、原告の要請にかかわらず、持帰つて検討しようともしなかつたのである。即ち、岐阜刑務所での原告の尋問で、検察審査員は、原告に対し前記亀野隆が真犯人であることをどうして知るに至つたかと質するので原告は大要次のように答えた。

(a) 訴外坂井尚二は、昭和二五年四月二六日の本件事件当日前記亀野を逮捕したうえ、右亀野より本件事件の自白をえていたのであるが、同人は前同月二八日金沢地方裁判所七尾支部前見張所において、原告に対し、本件事件の犯人は右亀野である旨話してくれたこと。

(b) 原告を被告人とする第一審刑事公判期日において、訴外中野利一、同岡村忠太郎、同本田幸吉、同中塚国重、同守山嘉造が、それぞれ証人として出廷したうえ、本件事件の犯人は右亀野である旨証言していること。

(c) 訴外下原千代が前同第二審公判期日に証人として出廷し、本件事件直後右亀野が下原方前まで逃走してきたところを発見した旨証言していること。

(d) 訴外多々良儀一が昭和三〇年一二月二六日金沢拘置所において、原告に対し、右訴外人は前記亀野と同時期に金沢湖南学院に収容されていた時、右亀野より同人が原告方に放火した旨の告白を聞いたことがあること及び右告白は同学院中誰知らぬ者がない程評判となつていたことを話してくれたほか、右多々良は右内容を上申書に作成し、右上申書は弁護士三井三次の手を通じ、昭和三一年二月二日最高裁判所に提出されていること。

(e) 原告は訴外南照男より昭和三〇年三月一七日頃、また訴外野本繁夫より昭和三〇年七月頃、いずれも金沢拘置所において、同訴外人らが前記亀野と同じ頃金沢湖南学院に収容されていた時、同学院では右亀野が原告方に放火した話が誰知らぬ者がない程の評判になつていた旨聞かされたこと。また原告は訴外奥田信行よりも同訴外人が金沢少年鑑別所で聞知したものとして、同趣旨の話を聞かされたこと。

(f) 訴外名取健三が七尾警察署留置場において、隣り合わせた前記亀野より、昭和三六年一一月頃、原告方の放火は自分がやつた旨の告白をきき、右亀野に自首をすすめたこと、原告は右経緯を昭和三七年六月五日右名取より聞知したこと。

以上を聞き終ると、検察審査員は、尋問を終る旨原告に告げたので、原告は重要点を言落さないよう書留めた文書を作成してあるので、なおこれにもとづいて陳述したい旨申し出たのに、検察審査員はこれを制して、尋問を打切つてしまつたのである。そこで原告は検察審査員に対し、せつかく作成した文書なのだから、持帰つたうえ検討して貰いたいと懇請したのであるが、検察審査員はこれを容れず退去してしまつた。もつとも後で右文書を送付するように伝言があつたと聞いたので、直ちにこれを被告に郵送した。右文書はその後昭和三九年一一月二日原告に返送されてきたが、これにつき取調がなされた形跡は全くなかつた。

被告が議決をなすに当り行なつた審査申立人尋問は、かように不充分、不徹底極まるもので、本件事件及びその後の経緯により明らかな事案の重大性にかんがみると、当然要求される審査の慎重さを全く欠いたものである。かような調査にもとづく議決は違法、不当であつて、当然取消さるべきである。

(ロ) 次に被告は、原告が前記亀野を真犯人と断定するために重要な証人であるとして挙示した訴外坂井尚二、同中野利一、同岡村忠太郎、同本田幸吉、同中塚国重、同守山嘉造、同下原千代、同多々良儀一、同名取健三等につき、全く証人尋問をしていない。右のうち特に訴外名取は、本件事件後十数年を経て、前記亀野の告白を確聞しているのであるから、被告は少なくとも同人を証人として尋問すべきであるのにかかわらず、これを怠つたのは、自ら審査権限を放棄したものというべく、かような懈怠は被告の職責に照らすとき違法、不当たるを免れえない。

(2)  被告は、本件審査申立を審査するに当り、その所属事務官を金沢地方裁判所七尾支部に派遣し、本件事件の裁判記録を閲覧せしめたが、被告はそれが裁判記録であるの故をもつて、頭から右記録に誤りはなく原告が本件事件の犯人であると思い込んだようであつて、前記亀野についての取調は極めて形式的且つ消極的で、いわゆるおざなり程度に終つており、そこには真実発見のための努力は全くみられない。かような全く合理性なき先入観に導かれて形式的な調査に終始した被告の審査が違法不当なことは明らかである。

要するに、被告がなした昭和三九年一〇月二七日付議決は、以上述べたような違法不当な調査の結果導出されたものであるから取消されなければならない。

第三被告の答弁及び主張

(一)  被告の本案前の抗弁

(1)  検察審査会制度は、検察事務の遂行に民意を反映させることを目的とし、そのため検察審査会は(イ)検察官の不起訴処分の当否を審査し(ロ)検察事務の改善に関する建議または勧告のみをその任務とするものであり、これをもつてすれば検察審査会は、司法目的に奉仕し刑事司法運用の一端を担当する準司法機関というべきもので、その議決は準司法処分ともいうべきものであるから、これは一般の行政処分と性質を異にし、行政訴訟の対象たる行政処分とはいえないものである。以下その理由をふえんして述べる。

(2)  公訴権の実行は、わが国の法制上原則として検察官の専権に属するところである。唯一の例外として裁判所が公訴権の実行に関与しうるのは、刑事訴訟法第二六二条以下に規定するいわゆる準起訴手続の場合があるのみである。その他の場合に検察官の不起訴処分の当否に干渉することは裁判所の権限に属しないところである。本訴のように検察審査会の議決の内容に誤りがあることを理由として議決の取消を求めることは、裁判所をして、その権限外の事項に干渉せしめんとするものであつて国法上許されない。

(3)  検察審査会は、公訴権の実行に関し、民意を反映させてその適正を図るため設置された機関であり、不起訴処分の当否に関する民意は検察審査会の議決によつて表現されるのである。民意の表現としての議決は、最終的なものでなくてはならない。もし議決の内容がさらに裁判所の判断に服するとすれば、それはもはや民意ではない。従つて検察審査会の議決は、その性質上裁判所による司法的統制に服しないものといわなければならない。

(4)  不起訴処分の当否に関する検察審査会の議決は検察官に送付されるけれども、それは単に検察官の公訴権実行に関し参考とされるにすぎない。また告訴・告発した者は、検察審査会に審査の申立をする権利を有するにとどまり、いかなる場合にも起訴相当の議決を求める権利を有するものではない。要するに検察審査会の議決は、これにより直接に人の権利義務その他法的地位に何らの変動をも生ずるものではない。従つて検察審査会の議決は行政訴訟の対象とはならない。

(5)  もし原告が、その主張するとおり、本件事件につき無実であるとするならば、有罪の確定判決に対する再審請求をするのが常道である。証拠上再審の見込みが薄いからといつて、他人を真犯人として告訴し、検察審査会の審査を求め、さらに行政訴訟により裁判所の判断を求めるのは甚だしい邪道であつて訴権の濫用である。かような訴を適法なものとして取りあげることは司法秩序を破壊するものといわざるをえない。

以上のとおり、本件訴は、行政訴訟の対象とすべからざる被告の議決をとらえてその取消を求めるものであるから、不適法として却下さるべきである。

(二)  請求の原因に対する答弁

(1)  請求の原因(一)項は認める。

(2)  請求の原因(二)項(1)記載の事実は否認する。本件事件が訴外亀野外二名の犯行にかかるものであることを認めるに足りる信用すべき証拠はない。

請求の原因(二)項(2)記載の事実は認める。

(3)  請求の原因(三)項も認める。

(4)  請求の原因(四)項中、昭和三九年八月一七日検察審査員三名が岐阜刑務所に出張し、原告を尋問したこと、その際原告よりその主張の文書を是非持帰つてくれるよう要請されたが、これを持帰らなかつたこと、右文書を原告主張の頃原告に返送したこと、原告主張の各証人を被告が直接尋問しなかつたこと、金沢地方裁判所七尾支部に所属事務官を派遣し本件事件の裁判記録を閲覧せしめたこと、はいずれも認める。なお右原告主張の文書を持帰らなかつたのは、監獄法の規定により、手続が完了しないと文書の授受はできない旨看守から申入れがあつたためである。そこで原告より後日郵送することにさせたのである。その余の原告の主張はすべて否認する。

検察審査会が不起訴処分の当否を審査するにあたつて、証拠調をする義務はない。必要があると認めれば証人尋問その他の証拠調をすることができるが、その場合においても証拠調の程度および証拠の取捨判断は検察審査会の専権に属するものと解せざるをえない。けだし、検察審査会に対し法の期待するところは、素人の素朴な感覚による常識的な判断であつて、一定の法則に従つた証拠による判断ではないからである。もし証拠調の程度や証拠の取捨判断が、一定の法則に従うべきものであり、裁判所の審査に服すべきものであるとすれば、公訴権の実行に関し素朴な民意を反映せしめようとする検察審査会法の精神は没却されざるをえないであろう。被告が議決に至るまでにとつた措置、ことに証拠調の程度や、そのほか証拠の取捨選択を攻撃する原告の主張は右の法理を理解しないものである。

第四被告の本案前の抗弁に対する原告の反駁

(第三(一)(1)に対し)

(1)  検察審査会は検察官の公訴権の実行に関し民意を反映し、その適正な運用を図るため設けられた機関であるが、検察事務は刑罰権の実行という具体的な国家目的を遂行する行政作用であり、検察官は憲法第三三条、第三五条第二項にいう司法官憲でもないのであるから、かような司法官憲でない検察官のなした行政行為としての不起訴処分の当否を控制、審査する検察審査会の議決は行政処分であること当然である。

(第三(一)(2)及び(3)に対し)

(2)  公訴権の実行が検察官に原則として委ねられていることは被告の主張するとおりであるが、しかしそれと、検察審査会の議決の適否の判断を裁判所に委ね、事後審査の権限を容認することとは、なんら牴触しない。検察審査会の議決はそれが国民の権利に重大な影響を及ぼす点において法規裁量に属すると考えるべきであるから、議決をなすに当り、その責務上要求される調査取調を尽さなかつた場合、それは瑕疵ある議決として取消さるべきことになるが、それに対し検察審査会はあらためて、その職責上要請される調査、取調をつくしたうえ、不起訴処分の当否を判断すればよいのである。裁判所が審理の対象とするのは、議決内容の当、不当なのではなく、議決に至るまでの調査、取調が法規にかなつたものであるかどうかということであり、不起訴処分自体が相当であつたかどうかは、あくまで適法な調査、取調を経たうえ、民意を反映しつつ検察審査会が決めることになるのであつて、そこまで裁判所が判断しうるとは原告も主張していない。被告の抗弁は的外れである。

(第三(一)(4)に対し)

(3)  およそ告訴告発する権利は刑事訴訟法の明定するところであり、法が制度として告訴告発を認めた趣意は民事訴訟による原状回復、損害賠償などのほか、刑事手続により真犯人を発見、糾弾することにより、現実の被害者の生命権、自由権、財産権を保障しようというのである。若し不起訴不相当の議決がなされた場合、その議決が制度上検察官に公訴の提起を義務付けるものではないにしても、間接的にはそれを促すことになり、被害者の諸法益が救済されることになる期待は多大である。検察審査会の議決が国民の法的地位に何んの変動をも生じないとの被告の主張は失当である。

(第三(一)(5)に対し)

(4)  法は真実発見のため、一方では再審の請求を、他方では告訴、告発の権利を認めている。個々の事例において、いずれを執るかは、当事者に委ねられている。原告は制度上認められた正当な手続を履践しているのであつて、本訴が訴権の濫用に該当し、司法秩序を破壊するとの被告の主張は自らの非違を糊塗し、国民の基本的人権を無視するものといわなければならない。

第五証拠<省略>

理由

まず、本訴の適否について検討を加える。

現行法上公訴権の行使は、刑事訴訟法第二六二条以下に規定するいわゆる準起訴手続を除けば、検察官の独占するところであつて、検察官はその裁量に従つて事件の起訴、不起訴を決定するいわゆる起訴便宜主義がとられている(刑事訴訟法第二四七条、第二四八条)。そして、検察官の裁量による不起訴処分の当否について審査、批判をする権限が与えられているのは、右準起訴手続の場合を除くと、検察審査会だけである。検察官の不起訴裁定に不服ある特定の者(検察審査会法第三〇条)は、検察審査会に審査の申立をして、その議決により検察官の不起訴裁定を間接的に批判することができるにすぎず、他に検察官の不起訴処分の当否を争いうる手続上の定めはなく、また検察審査会の議決について不服申立を認める規定も全く置かれていない。かように起訴独占主義が基本原則とされ、その例外が右のように明文をもつて限定的に定められている以上、明文の根拠なくして、これに反する結果を承認するような争訟手続を認めることは許されないものといわなければならない。原告の本件申立が、被告のした議決の内容に誤りありとして、その取消を求めるというのであれば、これは裁判権の介入すべからざる事項を目的とするもので、不適法な訴といわざるをえないであろう。

しかしながら、検察審査会に対し法定の申立権者から審査の申立があつたときは、検察審査会はこれに応じて不起訴処分の当否について審査をしたうえ議決しなくてはならないことは、検察審査会法第二条第二項の定めるところであるから、適法な申立権者から審査の申立があつたにかかわらず、検察審査会がこれを放置して何んの議決もしなかつたり、あるいは議決をしたところで、それが法定の要件を満たさず、適法な手続をふんでいないと明らかに認められるようなものであつた場合には、申立をした者は、同法によつて与えられた申立権を侵害されたといえるから、適法手続による議決を求めることができるはずであり、そのためにはすでに表見的に存在する議決の取消を訴求することも許されるといわなければならない。

かような意味で検察審査会の議決が争訟の対象たりうると考えたところで、それは議決内容の当不当を判断しようとするわけではないのであるから、さきに述べた起訴独占主義の原則およびこれに伴う不起訴処分に関する法定の審査手続の領域を侵すことにならないことは明らかであろう。被告の主張するように、検察審査会の議決を準司法行為とみるべきことを根拠として、これを裁判所の審理判断の対象とすることは許されないとする見解は、議決内容の当否に関する判断を求める場合についてはじめて言えることであつて、議決の取消を求める訴はすべて不適法なりとする見解は当裁判所の採らないところである。被告の本案前の申立は理由がない。

ところで、原告の本訴請求は、被告のした議決がその職責上要求される慎重な調査を尽くしていないことを理由に、検察審査会の議決としては適法手続の要請を満たさないものであるとしてその取消を求めるものであるが、被告の調査が粗漏であつたことの事由として原告の主張するところは、審査申立人たる原告の尋問が僅か三名の検察審査員によりなされ、且つ原告の要望にかかわらず中途で打切られた不充分なものであること、原告の希望した証人の尋問をしなかつたこと及び本件審査申立に対する議決をなすに当り被告が予断をいだいていたことの三点に帰着するものと解される。

本件審査申立に対する審査をするに際し、被告が審査申立人たる原告を尋問するについて三名の検察審査員をこれに当らせたこと、ほかに証人の尋問をしていないことは当事者間に争いがないけれども、検察審査会法第三七条第一項によれば、審査申立人ないし証人を尋問することは検察審査会の裁量に委ねられており、また審査申立人に対する尋問は、検察審査会の議決とは異り、検察審査員全員で行なわなければならないという手続上の要請もなく、審査申立人の尋問をどの程度に行うかについても、やはり検察審査会の裁量に委ねられたことがらである。また、被告が予断をいだいて議決したか否かについては、立ち入つて判断すべき限りでないこと、さきに述べたところから明らかであろう。原告の主張は、被告のした審査手続が原告の意にそわなかつたことを非難するにすぎない。しかして乙第一六号証(成立に争いない)および本件弁論の全趣旨をあわせ考えると、被告は本件審査申立に対し、必要と認めた調査を行つたうえで、検察審査員全員が出席して会議を開いて議決をなし、法の定める要件を備えた議決書を作成していることが認められるから、右議決が適法な手続を踏むことなく行われ、その結果原告の審査申立権が侵害されたなどといえないことは明らかである。

しからば原告の本訴請求は理由なきこと明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 石沢健 藤浦照生 谷川克)

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